ことわざの本来の成り立ちを理解するには、江戸時代以前の日本人が抱いていた「六曜と吉日」に対する強い信仰心に目を向ける必要があります。
かつての庶民生活において、物事を始める日取りは死活問題でした。先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口からなる六曜や、十二直、二十八宿といった暦注を日々の生活指針とし、「仏滅に旅立つと災いが起きる」「大安でなければ商売の契約を結んではならない」といった迷信に厳しく縛られていたのです。
しかし、暦の上での吉日を待っているうちに、商売の好機を他人に奪われたり、天候が悪化して旅立てなくなったりする弊害が頻発しました。そうした現実的な損失を戒めるために生まれたのが「思い立ったが吉日」という概念です。「運気や神仏の都合を待つのではなく、自分の内からやる気が湧き出た日こそが、何よりも尊い最良の吉日である」という、極めて近代的で合理的、かつ主体的な人生観が込められています。
室町時代末期から江戸初期の狂言の台詞や上方いろはかるたの成立過程において、この言葉は「行動を起こす勇気」を後押しする庶民の金言として磨かれ、定着していきました。