彼女の勢いは日本国内にとどまらなかった。1990年代初頭、日本のアイドルとしていち早くアジア進出を果たしたのが酒井法子だった。特に台湾での人気は凄まじく、現地でのコンサートは暴動寸前の大盛況を記録。現地のメディアはこぞって彼女の美しさを報じ、アジアにおける「J-POPブーム」の先駆者となった。
言葉の壁を越え、現地のファンと心を通わせるために中国語の楽曲も精力的にリリースした。彼女のひたむきな姿勢は、国境を越えて多くの人々の心を打った。現在のようにインターネットが普及していない時代において、これほどまでの熱狂を生み出した事実は、彼女のカリスマ性が本物であった証拠と言えるだろう。