「やりなさい」と言われてやる練習には意味がない。これが本田家の鉄則だ。フィギュアスケートという過酷な競技において、早朝からの練習や厳しいレッスンは日常茶飯事である。しかし、真紀さんは子どもたちを起こすことはあっても、練習に行くことを強制することはなかった。
自分で「行く」と決めたからこそ、どんなに眠くてもリンクに向かう。この主体性こそが、本田望結が女優業とフィギュアスケートという二足のわらじを高いレベルで両立させられた最大の要因だろう。親がレールを敷くのではなく、子どもが走り出したレールの先をそっと照らす。その絶妙な距離感が、子どもたちの才能を潰さずに伸ばし続けた。