沖縄において高校野球は、単なるスポーツの枠を完全に超えている。代表校の試合が始まれば、那覇の国際通りからも、名護の商店街からも人影が消える。タクシー運転手はラジオに耳を傾け、オフィスではテレビ中継に見入る。この「島全体がひとつのチームになる」独特の熱量は、一朝一夕に生まれたものではない。
歴史をさかのぼれば、1958年の首里高校による初出場にたどり着く。当時は米軍統治下。甲子園の土を沖縄に持ち帰ろうとしたものの、植物検疫の壁に阻まれ、港で海に捨てざるを得なかった哀切なエピソードは有名だ。その後、沖縄水産の連覇に挑んだ熱闘、2010年の興南高校による春夏連覇という偉業を経て、沖縄の球児たちは「追う立場」から「追われる王者」へと歴史を塗り替えてきた。