一般的に北斎といえば、波頭が躍動する『冨嶽三十六景』の「神奈川沖浪裏」に代表される浮世絵版画が有名だ。しかし、北斎館で出会えるのは、紙や絹、木に直接描かれた一点物の肉筆画である。量産可能な版画と異なり、筆の走りや色彩の重ね方、描線の息づかいまでもがダイレクトに伝わってくる。
北斎の肉筆画は、細部の緻密さと構図のダイナミズムが奇跡的なバランスで同居している。鉱物性の鮮やかな絵の具を用いて描かれた作品は、数百年を経た今なお退色せず、圧倒的な存在感を放つ。版画では表現しきれなかった微細なグラデーションや、空間を切り裂くような鋭い線描写。晩年の北斎が追い求めた「真の絵画」の姿が、そこには凝縮されている。