もともとニコニコ動画の歌い手や配信者としてキャリアをスタートさせた彼は、独自のプロデュース力で「2.5次元アイドル」という新たなジャンルを切り拓いた先駆者でもあった。株式会社STPRを設立し、グループの成長とともにビジネスの規模を急速に拡大させていった功績は誰もが認めるところだ。
しかし、トップ経営者としての道義的責任は重かった。活動休止期間中、彼は表舞台からの撤退を余儀なくされたものの、裏方として自社の経営やライブ制作、クリエイターのサポート業務に専念。ビジネスの継続とグループの存続を図るため、泥臭いポジションからの再出発を試みることとなった。