自らの強さを追求するだけでなく、彼は後進の育成と格闘技の未来づくりにも情熱を注いだ。自身が設立したジムKRAZY BEEは、単なる練習場にとどまらず、若手ファイターたちが夢を追う熱いコミュニティとなった。開放的で自由なスタイルを重んじる彼の指導方針のもと、多くの逸材がここから巣立っていった。
世界の壁にもひるむことはなかった。満を持して参戦した世界最高峰の総合格闘技団体UFCでは、度重なる怪我と戦いながらも、世界の強豪相手に真っ向勝負を挑み続けた。晩年には、日本の新たな格闘技の聖地となったRIZIN Fighting Federationのリングにもその精神が受け継がれ、彼が育てた弟子や家族たちがその躍動を見せている。彼の遺伝子は、今も確実にリングの上で生き続けているのだ。