昭和45年11月25日正午前、東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監室に突如として緊張が走った。三島由紀夫は自らが結成した民間防衛組織「楯の会」のメンバーとともに総監を監禁。バルコニーに立ち、集まった隊員たちに向かって憲法改正と決起を呼びかける演説を行った。しかし、野次と怒号の中に声はかき消され、演説を打ち切った三島は総監室へと戻り、割腹自決を遂げた。
2026年に至り、事件直前に認められた未公開の私簡や関係者の証言記録が相次いで翻刻・分析された。それらの史料は、単なる政治的暴走や狂気といった従来のステレオタイプな見方を真っ向から覆す。彼が市ヶ谷という場所を選んだ理由、そして陸上自衛隊に期待しつつも抱いていた深い絶望感が、克明な言葉で残されていたのだ。