日本図書館史の発祥を語る上で欠かせない絶対的な原点が、奈良時代末期に誕生した「芸亭(うんてい)」です。これを創設したのは、古代の名門豪族・物部氏の末裔である公卿・文人の石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)でした。
石上宅嗣は平城京の旧邸を寺院(阿奈祥寺)に改め、その一角に書斎と蔵書スペースを設けて内外の書物を集めました。これが石上宅嗣 芸亭の由来です。当時の書物は権力者や大寺院が独占する極めて貴重な財産でしたが、宅嗣は「志ある学徒であれば身分を問わず閲覧してよい」という画期的な開放方針を掲げました。個人の私的な文庫にとどまらず、他者に広く公開したという点において、奈良時代の図書館「芸亭」は日本最古の公開図書館(公共図書館の原型)と位置づけられています。
現在、平城宮跡の近く(奈良市三条大坊町付近)には「芸亭伝承地」の石碑が静かに佇んでいます。建物自体は現存しないものの、1200年以上前に平城の地で生まれた「知を共有する精神」は、日本の文化史に不滅の足跡を残しました。