若き日の彼が選択した進路もまた、父親の影響を色濃く反映したものだった。元々はエンジニアを目指し、難関として知られる横浜国立大学工学部へと進学。理系の道を選んだ背景には、幼い頃から見てきた父親の働く姿への憧れと、モノづくりに対する純粋な尊敬の念があった。
大学在学中に姉の勧めがきっかけでモデルデビューを果たし、一躍脚光を浴びることとなったが、本人は「エンジニアとして社会に貢献する未来」もリアルに思い描いていたという。結局、人生の舵は表現者という大波へと切られることになるが、大学で学んだ論理的思考や構造的な物事の捉え方は、後に複雑な役柄を解析し緻密に演じ分けるアプローチにおいて、大きな武器となっていく。