浄土真宗に対する弾圧という文脈で、薩摩藩の歴史を抜きに語ることはできません。薩摩藩では明治の廃仏毀釈以前から、実に約300年間にわたる浄土真宗の禁制が敷かれていました。
戦国時代、島津氏は一向宗(浄土真宗)門徒の強固な結束力と一揆の爆発力を極度に恐れ、教えを信じることを死罪に相当する重罪として厳しく取り締まりました。そのため、薩摩の門徒たちは「かくれ念仏」と呼ばれる地下組織を結成し、深い山中の洞窟(ガマ)や隠し部屋に身を潜めながら、命がけで阿弥陀如来への信仰を口伝で継承してきた歴史があります。
明治維新を迎えても、薩摩藩の廃仏毀釈は猛威を振るい、藩内1,066か寺がことごとく全廃されました。しかし、何百年もの弾圧に耐え抜いてきた門徒たちの信仰心は、物理的な寺院の破壊ごときでは揺らぎませんでした。弾圧が激化すればするほど、民衆の連帯は地下深くで強固になり、明治政府が信教の自由を認めざるを得なくなるまでの防波堤となったのです。