辞書的な定義を紐解くと、八方美人の「八方」とは東・西・南・北と北東・南東・北西・南西のあらゆる方角を指し、本来は「どの方向から眺めても欠点のない美しい人」を指す純粋な褒め言葉でした。江戸期から近代にかけての文献でも容姿端麗な女性を讃える表現として用いられていましたが、時代の変遷とともに「誰に対しても如才なく振る舞う人」という行動様式を表す言葉へと意味がスライドしていきました。
ここで言う「如才ない」とは、手抜かりがなく気が利き、愛想が良い状態を意味します。しかし、明治から大正期にかけて文豪・森鴎外が小説『羽鳥千尋』(1912年発表)の中で「八方美人主義は死んでも学ばれない」と記したように、特定の信念を持たず誰にでも調子を合わせる態度は、早くから一種の節操のなさと結びつけて批判されてきました。
現在では、人物評として肯定的に使われる機会は極めて稀です。仕事の現場で誰かを「あの人は八方美人だから」と形容する場合、処世術に長けているという評価よりも、「主体性がなく信用に欠ける」「周囲に迎合してばかりいる」という強い皮肉や警戒のニュアンスを含みます。言葉の出自がポジティブであったからこそ、外見や第一印象の良さと、内面の無責任さとのギャップが際立つ結果となっています。