東大寺大仏を開眼したインド僧、菩提遷那が遺した古代史の真実

東大寺大仏を開眼したインド僧、菩提遷那が遺した古代史の真実

東大寺大仏を開眼したインド僧、菩提遷那が遺した古代史の真実の注目ポイントを丁寧に掘り下げてご紹介します。

天平勝宝4年4月9日、東大寺。鳴り響く雅楽と異国の舞楽、立ち上る香煙のなかで、1万数千人を超える参列者が見守る大典が催された。筆を執ったのは菩提遷那(Bodhisena)。その筆に結ばれた長い紐を聖武天皇をはじめとする皇族や貴族たちが手に持ち、開眼の瞬間を共有したという。

なぜ聖武天皇と行基は、この大役を異国の僧に委ねたのか。当時の日本は天然痘の大流行や内乱によって社会全体が疲弊していた。大仏造立は国家の威信をかけた巨大プロジェクトであり、その完成を宣言する儀式には「天竺直伝」の権威が不可欠だった。行基は難波津(大阪湾)まで自ら出向いて彼を出迎えたと伝えられており、二人の出会いはまさに古代アジアの英知が交差した歴史的瞬間だった。

高橋 健太
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高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。