当時のアニメ制作現場は、まさに熱気と混乱が同居する壮絶な現場だった。コンピューター処理など存在しない時代、脚本家から上がってきた原稿を元に、作画監督や演出家が徹夜で絵コンテを描き上げていた。
東映アニメーションのスタジオでは、放映スケジュールに追われながらも「妥協しない作品作り」が徹底されていた。脚本の修正依頼が直前に入ることも日常茶飯事で、その現場の緊張感が作品に独特の切れ味を与えていたのだ。
一方、日本アニメーションでの仕事においては、海外文学をベースにした世界名作劇場系のノウハウも活かされ、緻密なキャラクター描写が磨かれた。こうした多角的な経験が、彼の多才な執筆活動を支える確固たる礎となった。