恋に身を焦がす女たちの心象風景を、極限の筆致で捉えた連作が『歌撰恋之部』である。「物思恋(ものおもうこい)」や「深く忍恋(ふかくしのぶこい)」に見られる女性たちの表情には、言葉にできない葛藤が滲む。眉を寄せ、指先を着物の襟や口元に添えるその仕草は、静止画でありながら激しい感情のうねりを伝える。
歌麿はここで、背景の情報を極限まで削ぎ落とした。余計な小道具も風景もない。鑑賞者が対峙するのは、純粋な感情そのものだ。微細な線の太さの変化と淡い色彩のコントラストによって、皮膚の柔らかさや心の震えまでを描き出す。この濃密なリアリズムは、同時代の競合絵師たちを圧倒し、歌麿の名を不動のものにした。