城内での宴が最高潮に達する中、麦わらの一味とヤマトは戦いの汗を流すべく大浴場へと向かった。ここで読者を驚かせたのは、お菊(菊之丞)が女湯へ入ったのに対し、ヤマトが当然のごとくサンジやルフィらのいる男湯へ足を運んだ点だ。混浴という形をとりつつも、そこには一切の恥じらいが存在しない。「混浴の文化がないから」という理由ではなく、「おでんは男だから僕も男だ」という極めて純粋で愚直な信念が彼女の足を男湯へと向かわせたのだった。
対照的に描かれたお菊の「心は女」というあり方と、ヤマトの「生き様としての男」という主張。この二つの描写が同じ話数の中に並べられた事実は非常に興味深い。単なるギャグシーンの枠組みを借りながら、性自認や文化的な価値観という重厚なテーマを自然体で提示してみせた演出手腕には感服せざるを得ない。