藤浪晋太郎投手が深刻な制球難に苦しむようになった背景には、特定の象徴的な出来事が存在します。なかでもファンの記憶に強く刻まれているのが、2015年4月25日の広島東洋カープ戦における黒田博樹投手への投球と、2016年7月8日の広島戦で敢行された161球の懲罰登板です。
2015年の広島戦では、打席に入った黒田氏の内角胸元へ厳しいボールが2球連続で抜けました。これに激怒した黒田氏がマウンドへ詰め寄り、両軍がベンチから飛び出す大乱闘寸前の騒動へと発展。当時まだ高卒3年目、21歳の若武者だった藤浪投手にとって、球界のレジェンドから向けられた強烈な威圧感と怒声は、無意識下に「右打者の内角へ投げることへの恐怖心」を深く植え付ける契機となりました。
さらに決定打となったのが、翌2016年に就任した金本知憲監督のもとで行われた甲子園球場での広島戦です。序盤から制球を乱して打ち込まれ、大量失点を喫しているにもかかわらず、首脳陣は交代を告げず8回161球、8失点を投げるまでマウンドに立ち続けさせました。スポーツ紙やファンからは「公開処刑」「昭和的な懲罰登板」と激しい批判が殺到。極度の疲労による投球フォームの乱れに加え、「打たれても代えてもらえない」「ストライクが入らない姿を晒され続ける」という強烈な屈辱と精神的ストレスが、脳と身体の連動を司る運動制御システムに致命的なダメージを与えたと指摘されています。