長期にわたる休養期間は、彼にとって単なる休息ではなく、自己の再定義に必要な「魂の棚卸し」だった。デビューから20年以上、ファンの期待に応え続ける中で生じた「求められる氷川きよし像」と「生身の自分」との乖離。そのギャップは、息を吸うことすら苦しくなるほどの重圧となっていたという。
「ありのままの自分を愛せないまま、人に夢を与える歌は歌えない」。休養中に彼が辿り着いた結論は極めて純粋だった。ジェンダーレスという言葉すら、後から社会が名付けた記号に過ぎない。男性らしさや女性らしさという二元論の檻から抜け出し、ひとりの人間として、ただ美しいと感じるものを身に纏い、歌いたい歌を歌う。活動再開後のステージで見せた晴れやかな表情は、その内面的な葛藤を乗り越えた証左である。