福島第一原発事故の収束作業に心血を注いだ福島第一原発の吉田所長の直接的な死因は、食道がんです。事故発生から約8カ月後の2011年11月、社内の定期健康診断(人間ドック)を受診した際に食道にがん病変が発見され、同年11月24日付で急きょ入院治療に入ることとなりました。
同年12月1日には所長職を退任して本店付となり、以降は現場を離れて治療に専念。2012年2月には食道がんの切除手術を受け、抗がん剤治療や放射線治療を続けながら過酷な吉田所長の闘病生活が始まりました。一時は病状が安定し、社内シンポジウムで事故当時の教訓を語る場面も見られましたが、2012年7月26日に自宅で脳出血を発症して緊急開頭手術を受けるなど、度重なる重病に見舞われました。
その後も懸命のリハビリと治療を継続したものの、がんの転移や病状の進行は食い止められず、2013年7月9日午前11時32分、都内の病院で家族に看取られながら息を引き取りました。吉田所長の享年(年齢)は58歳。原発事故という国家存亡の危機を最前線で受け止めたリーダーの早すぎる旅立ちでした。