渡辺貞夫のキャリアを振り返るとき、その開拓者精神を抜きにして語ることはできない。1960年代初頭、ボストン・バークリー音楽院へ留学を果たした彼は、本場のジャズ理論を吸収すると同時に、ブラジル音楽である「ボサノヴァ」の洗礼を受けた。
帰国後、彼が日本にもたらしたボサノヴァのリズムとメロディは、当時の日本の音楽シーンに革命的な衝撃を与えた。ジャズというジャンルの枠組みを自ら壊し、アフリカ、南米、アジアなど、地球上のあらゆるリズムと融合させるクロスオーバーの姿勢。それは今日ワールドミュージックと呼ばれるジャンルの先駆けであり、日本のポピュラー音楽のDNAを根本から書き換える偉業であった。